なまずさんの投稿

神経症に限らず広く一般的に、こころに問題を持っているとそれに意識が知らずと捉われ一日の時間のなかでそのことを想っている、(考えているとは言いません)割合が多くなります。内側へ内側へ目が(意識が)向いてしまいますね、これが私たちを不幸にする大きな原因です。実体のない観念について思いを堂々巡りさせているのです。実態が無いということは真実ではありません。それについていくら時間を費やしても真の解決は得られません。
さてそこで、
それには真正面に相手をしないで脇へ置いておきます。
そして目の前の実生活に意識を向けてください。

直前に私がしたことは散歩から帰って喉が渇いたので冷蔵庫から冷えた牛乳をとりコップに入れて飲みました。
冷蔵庫を開けるとき、手をノブにちゃんと掛けます。小さな冷蔵庫に昨日買い物をして結構詰まっているので開けた時に何か落ちないようにそおーっと
様子を見ながら開けます。パックをしっかり持って取り出しドアをそおーっとかつしっかり締めます。台所でパックの注ぎ口をそっと開けます。グラスをしっかり持って牛乳がはねたり、こぼれたりしないように注意深く注ぎます。
パックを締めて冷蔵庫に戻し牛乳を飲みます。冷たい口当たり、トロっとした
口内の感触、脂肪の甘味、それら牛乳の味わいを十分感じます。
その時のごくごくという身体の音を聴きます。
飲み終わった満足感を充分に鑑賞します。

どうでしょうか、私たちは日常の一つ一つの行動を何気なくうつろな心で
惰性的に行っていないでしょうか。別の事を想いながら、、

意識が現実に向いていること、一瞬一瞬の行動に意識がついていること
これが大事なのです。どんな行動にも注意や工夫をすることです。
そういう視点を持つとどんな行動でも今まで考えもしなかった事がどんどん
湧いてきますね。
あなたならではの創意工夫をどんどん発揮してください。

今まで意識が外へ向くという表現をしていますがその具体的なことの一例です。
こころの問題の有無に関わらず外へ外へ意識を向けるようにしてください。
ふと気が付くと思いにとらわれ戻っているかもしれませんが気づいたらまた
外へ外へ、
意識が外へ向いていると心の問題はそのままにされて、勝手に解決されるのです。それを体験してください。
小さな体験を一度でもするとそのことが身を持って分かります。

そのまま前進 と 目の前の事に意識を向けるは 同じことです
こころがどうあろうとそれはそれとしておいて
即必要な今の事に応じていること、
その時こころはそのままです、
こころに向いている意識が自然と実生活に向きます
こころに向く意識と外へ向く意識は同時には働かないので
こころのとらわれから離れられます。
外への割合をどんどん多くして行く程にこころは放ったらかしになります。
但し目的本位です。
神経症を治そうとして方便でそうするのではありませやん
何事をするにも創意工夫を心掛けてください

サンタさんの投稿

常に目前に展開する現実を見て下さい。
人は何かをしっかり見ている間はまともでいられます。
コーヒーを飲んでる時はコーヒーを(気負ってコーヒーだけを見る必要はありません。何かをしっかり見てれば良いです。)