ホーム フォーラム 神経症掲示板 なまずさんへの質問がある方は新規トピックを作成下さい

  • このトピックは空です。
8件の投稿を表示中 - 1 - 8件目 (全8件中)
  • 投稿者
    投稿
  • #868 返信
    管理人
    ゲスト

    なまずさんへのご質問がある方は、新規トピックを作成し、ご利用下さい。

    #1189 返信
    H.T
    ゲスト

    なまづさん、初めてコメントさせていただきます。
    私は神経症で悩んでおり、森田療法を実行したいのですが、やり方が分からなく困っています。
    森田療法とは「目の前のことをする」ことなのか、「治さない、治すのを辞める」をすることなのか、どちらなのでしょうか?それともどちらでも大丈夫なのでしょうか?

    森田療法を素直に実行したいのですが、上記のどちらをするべきなのか分からずに困っています。
    教えていただけたら嬉しいです。
    お手数おかけしますが、どうぞよろしくお願い致します。

    #1190 返信
    なまず
    ゲスト

    H.Tさん、こんにちは
    森田療法を実践したいがやり方がわからないという事ですが、正式な森田療法はこちらにあるように
    https://www.mental-health.org/morita3.html
    実施している病院へ入院して臥辱療法から始まり4期(約1か月)ほどの段階を経るものです。
    しかし今は実施している施設も少なくまた長期入院することは多くの人にとって困難を伴うことが多いと思います。
    ここで私が経験を元に話をしているのは入院して修養のどの段階にも一貫して共通に流れている療法の神髄です。ですので入院できなくともこの神髄に基づいて日々生活していくと教えられなくとも自ずとその意味が分かる、体得するようになっています。それはいわゆる勉強で知的に学ぶ知識や経験ではありません。
    前置きは以上としてあなたの質問
    「森田療法とは「目の前のことをする」ことなのか、「治さない、治すのを辞める」をすることなのか、どちらなのでしょうか?それともどちらでも大丈夫なのでしょうか?」ですが

    結論的にはそれらは同時並行的に行われること、それは端的な言葉である「そのまま、前進」に示されています。
    「そのまま」とは、いまあなたが問題としている神経症の症状をそのままにして、何とかしたいという気持ちからいつもしている行動があればそれをしないで止めるめていることです。それは居心地のわるい強い不快感や恐怖感を伴うものかもしれませんがそれをそのまま素直に感じるままにしていることが必要な行動です。
    そして「前進」、そんな心の不安や緊張とは別に現前のいまあなたがする必要なこと、毎日の生活であなたがするべきことや必要なことがいろいろありますがそれらの事に注力する、目の前のことといっても文字通り目の前にあるものについての行動だけではなく、今日生活においてしなければならないこと、明日の事、あれもこれもといろいろとすることがあると思いますがその方に注力することが大事です。
    つまり「治さない、治すのをやめる」と記していただいたことはあなたの心の問題については治したいと思ってする行動をやめておく、そして付随する心はしみじみと感じる、味わっている、そしてあなたに必要な「目の前のことをする」をしぶしぶでもいやいやでも気が進まなくてもやっていくことが大事です。
    心と行動は別にするとはそのような事です。

    あなたが悩み何とかしたい感じていることは何もせずそのままでよいのです。なにもする必要がなかったといずれわかることでしょう。

    #1191 返信
    H.T
    ゲスト

    なまずさん、詳しくお話しして下さり、ありがとうございます。分かりやすくご説明して下さり嬉しかったです。

    つまり「治さない、治すのをやめる」と「目の前のことをする」を二つとも行うことが大切ということでしょうか?

    「症状を治さない、治すのをやめる」・「目の前のことをする」。この二つが森田療法の実行ということでしょうか?

    森田療法を素直に実行したいです。
    なまずさん、教えていただきたいです。
    どうぞよろしくお願い致します。

    #1198 返信
    なまず
    ゲスト

    すみません、
    質問が完了したと勘違いしておりました。
    #1190でお答えしたことが全てですが更に追記しますと、
    神経症はもとより治すべき’病気’ではなく心の囚われというべきものです。
    ですので治す必要はないものです。
    神経症のような事で悩まない多くの人たちを便宜上’健康人’という事にしますと
    健康人は神経症の人たちが感じるような事がないわけではないのです。
    同じように人に合うと緊張したり、生活の重要な場面で不安になったりして心臓がどきどきしたり、
    その他神経症の人たちが問題にするような様々な事を感じ経験します。
    しかし違うのはそのことを異常だ、おかしい、直さなければならないとは感じないし思わないのです。
    当たり前の事として、意識もせずその場を通過します。
    しかし私たち神経症の人たちは神経質という性格や脳の特徴的な構造からくるものかもしれませんが
    それを異常なもの、治すべきものとして知的にそれと取り組んでしまうのです。
    そうなると神経症というような現象が発生してしまい、またそれを意識して治そうとすればするほど
    不自然な行動や、不安や緊張などが増大してしまうという悪循環に陥ってしまうのです。

    (続く)

    #1199 返信
    なまず
    ゲスト

     そして
    その全く異常ではない事に図らずも知的な取り組みをして嵌まり込んだ状態から抜け出すのは、
    その原因となった、私たちが問題解決の能力として持ち合わせている知的な論理的方法では解決できるわけは
    ありません。
    つまり健康人の人たちと同様に本来のように緊張するときは緊張し、不安な時は不安を感じ、はらはらどきどき
    して知性による余計な横やりをすることを止めておればよいのです。
    そうする事がどれほど辛く苦しく悩ましくともです。

    それが、こころは ’そのまま’ でいる
    心に知性は働かせずそのままでいる事です。

    そして行動は眼の前のあなたの日々の生活に必要な事をいろいろと知性を大いに働かせていくこと、
    それが ’前進’ という事です。
    付随する辛く、苦しく、悩ましいこころ、感覚はあなた向けの特別処方の薬として十分味わっている
    ことでよいのです。

    心はそのままにして前へ進む

    神経質という細やかな几帳面な性格は日々の生活の行動の中で相違工夫する事に大いに役立ちます。

    これは治す方法ではなく、いわゆる健康人が毎日している行動そのものなのです。

    #1200 返信
    なまず
    ゲスト

    以下は余計な わたしの独り言として記します。

    健康人は私たちのような事で悩んだりせず自然とそのようにいるわけですが
    しかし良い事ももちろんしますが、愚痴をこぼし、人を妬み嫉み、他人の悪口を言ったり意地悪をしたりと
    煩悩だらけの行動もします。
    仏教でいうところの六道輪廻(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)の心をさ迷っていて
    真実に生きる道から外れていることも多いです。

    私たちはこの神経症を縁として、真実に生きる道を明らかにするという課題を与えららた存在だと
    言っても良いかもしれません。

    まあそんなことはどうでもよいのですが、、、

    #1316 返信
    ハッピー
    ゲスト

    なまずさん こんにちは。

    別の所でコメントしたのですが、勝手わからず申し訳ございません。
    こちらで改めて お話させていただきます。

    不安神経症になって3年位になるのですが、その間 どうにかして治そうと 森田療法や宇佐療法の本を読みました。
    又、以前のなまずさんのお話(現在は削除されましたが)も読ませていただきました。
    その時の内容がとてもわかりやすかったので、メモして今でも読ませていただいております。

    日々、同じ環境で生活しているのに、昨日は全然気にならなくて神経症が治った!と安心していたら
    次の日は気になって これはどうしたものか…となってしまう。
    囚われがキツイ時は、気になる事で頭がいっぱいで この囚われから脱出する為にはどうしたらよいかと必死に考えてしまいます。

    その繰り返しで今に至ります。

    先週、急に新しく気になる事が増え、けっこう手ごわいのか ずっと囚われ いつまで続くのかという感じで落ち込んでます。
    神経症はあっさり簡単になってしまうものなんだなぁって思いました。

    兎に角、普通に生活をする…それしかないとわかっていても 囚われてる時は弱音を吐いてしまいます。

    心ほったらかし、相手にしない方法は 普通に生活をする!それに尽きるでしょうか?

8件の投稿を表示中 - 1 - 8件目 (全8件中)
返信先: なまずさんへの質問がある方は新規トピックを作成下さい
あなたの情報: