ホーム フォーラム 神経症掲示板 自分を監視する感覚について

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  • #958 返信
    管理人
    ゲスト

    「心はそのままで必要なことをする」を行おうとした時、「自分を常に監視した状態」になり、うつになるのですが、これはこれでよろしいということでしょうか?それともこういう状態になること自体が「そのまま」ではないという事でしょうか?まだ何か勘違いをしているということでしょうか?

    この状態がすぐ消えるなら良いのですが、そうではないので「自分は正しい道を歩いでいるのだろうか?」と疑問を感じてしまいます。

    「正しい道を進んでいる」という確信があれば苦しくても続けていけるのですが。

    何か結果として起きる状態はありますでしょうか?

    例えば「仕事がはかどる」「頭の回転が良くなる」「コニュニケーションがスムーズ」「人と話すのが楽しくなる」「集中力が高まる」「記憶力が高まる」「1日の時間の使い方が上手になる」「毎日が幸せ」「頭の中のグルグルした言葉がなくなる」「変な疲れがない」など。

    • このトピックは管理人が3ヶ月前に変更しました。
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    #968 返信
    なまず
    ゲスト

    言葉は世界を切り分けるデジタルのようなものです。
    何かを言葉で表せばその対立する概念も含んでしまいます。
    大といえば小、高いといえば低、増減、、、、、などなど
    そのままというとそのままではない状態というものがあるように理解してしまいます。
    しかしそのままというのは絶対的なそのままです。
    比較すべきものあありません。

    あなたのこころにおこるそのままは全てそのまま感じておれば良いのです。
    うつになったらその辛いうつの状態を味わっていながら、
    確信がないこともその不安定な心のそのままでいて、
    行動はあなたの必要な実生活に勤しむというようにすることです。
    そして自分の心に知性を使うのではなくあなたの毎日の今の必要な生活に
    考え知性を使う事が大切です。

    #975 返信
    管理人
    ゲスト

    「そのままというとそのままではない状態というものがあるように理解してしまいます。
    しかしそのままというのは絶対的なそのままです。」

    このような考え方は今までしたことがありませんでした。

    確かにおっしゃる通り、分けてしまっていますね。
    そこに生じた矛盾というか、違和感というか、を何とかしようとしてますね。

    #1008 返信
    なまず
    ゲスト

    こころはそのまま放ったらかしにしておく、解決しようと方策を立てて行動しない。
    あくまでも内側、あなたが何とか解決したい、何とか思うようにしたい、なりたいと思っているこころについての話です。
    それらはそのままにしている事が辛い、苦しい、悩ましいと感じて何とかしようとあがくのですが
    絶対に自分の考え、意思で思うようにならないものです。心はそのように自分に属してはいるが
    自分の意志のコントロール下には無い対象で、それは内なる自然というべきものです。

    こころは手出しをせずに放っておくとこころ自身が自律的自発的に勝手に動き整えるようになっているのです。
    いずれそのことを感じる事でしょう。

    #1011 返信
    管理人
    ゲスト

    私自身の反省として、そのままをやっていたつもりでも、なかなか自分の思う通りの精神状態にならない(いつまで経っても苦しさがなくならないと感じた)ので、打ち切ったということが何度もありました。

    それは「そのうち治る」と期待していたからです。(それも短期で)

    ですので、少しでも「治る」(または治ると誤解を招く表現)なんて期待させないほうが良いというのが、自身の経験で強く思うことです。

    あるホームページで「雑用をすれば神経症が治る」と誤解を招くような表現をしているところがありますが、あれが分かりやすい例で「自身が想う治る」を期待してしまうものだから続かなくなる。雑用していても一向にそれが訪れる気配がない。「じゃあ効果ないね、やめよう」となる。そのホームページの管理人からすれば、「雑用で神経症が治る」と言ったつもりはなくても、治す気持ちが強いために「雑用をすれば神経症が治る」「神経症を治すための雑用」と変換されてしまう。「神経症の人は文字が読めない」と嘆いているが、そもそも誤解を招くような言い方をしている側も問題ではないのか?

    「あるがまま」も同じだ。以前に学んだが、指導する側はどういうつもりか分からないが、あれだと肝心の行動することではなく「あるがまま」になろうと心を意識してしまうのではないか?結局はあるがままにならなければと、心をなんとかしようとなってしまう。

    不安やうつがなくなり、心が安定することが治りだと勘違いし、それを長年目指してしまった。その為に雑用や生活に必要な事をやる事を手段としてしまった。

    心の問題は重要ではなく、どうでも良いことで、それを解決する事が神経腫を治す事ではなく、ただ生活に必要な事を日々こなしていく事そのものが重要だとなまずさんを通して気付くことができました。

    #1022 返信
    なまず
    ゲスト

    https://sanseikai.org/near.html

    先生の講話です。

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返信先: 自分を監視する感覚についてで#975に返信
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