実は、年末年始の休み中に思いっきり神経症の世界へどっぷり浸かっていました。
(今年は私生活で色々とあり、年末からおかしくなっていましたが、休み中に爆発した感じ)

「これはもうダメだなぁ」とかなり追い込まれたのですが、以前に紹介して頂いた、宇佐先生の動画の話をふと思い出しました。
(その時は、宇佐先生の話は理解できず、また、気にしてませんでした。)

「神経症については一切語らず、生活だけする」という話でした。(神経症を治す為に入院してるのに、生活だけして神経症の事は一切触れない生活が印象的でした)

神経症について、言葉を使ってはならないという事のようです。

確かにここ最近は、個人的な日記で神経症について、違和感を感じながらもあれこれ書いていました。
神経症について、状態、治す方法について、言葉を使って書いていました。(これがかなりまずいようで、根本原因かと)
確かに自分の神経症について、書いて説明しようとすると苦痛です。本能的にまずいのかもしれませんね。

どうも以前から日常生活で必要な言葉と、神経症で使う言葉の区別がついていなくて、どちらもOKかどちらもNGかで対処してきました。

「雑用」についても、雑用自体に囚われる為、私はずっと反対の立場でしたが、神経症についていちいち言葉にせず、ただ生活するという意味であれば、言いたい事は宇佐先生と同じなのかもしれないですね。(雑用して症状がどうなったとか、とにかく言葉にして、日記等で書きたくなる)

改めて反省して、生活します。
読んでいる方のお力になりたいとブログ続けてきましたが、こういう情けない状態ですみません。